比江島重孝

比江島重孝 一九二四(大正一三)~一九八四(昭和五九)

子どもたちに心を伝える「宮崎の民話の父」

 比江島氏が民話採集を始めた昭和二十年代後半には、まだ民話調査はほとんど進められておらず、宮崎県の昔話の分布地図が真っ白であったのに驚いて調査を始めたという。民話採集は、まず伝承者探しから始まる。氏は多くの昔話伝承者を発掘したが、なかでも百話クラスは、石山吉五郎(清武町)・永野伊作(佐土原町)・西原ハツ(西都市)らであった。調査未開拓の地で、昔話好きな古老をさがしては話を聞き、活字にまとめる。この作業を数千回と繰り返し、私たちが宮崎県の昔話を読むことができるのである。氏の努力無しに宮崎県の豊富で多様な昔話はとっくの昔に忘れ去られてしまっていたかも知れない。
 氏は、大正十三年、新富町大字下富田の横迫に生まれる。子どもの頃、母親にせがんで昔話をよく聞いていたという。「小僧改名」「法事の使い」「お銀小銀」などは何度も繰り返し聞いて、大人になっても鮮明に覚えていたという。その後、昭和十七、大邱師範学校尋常科卒業し、戦後内地に引き揚げる。昭和二二年、川南小学校教諭をふりだしに、第一妻小学校・宮崎小学校、南那珂教育事務所、茶臼原小学校・穂北小学校の教頭、桑野内小学校・新田小学校・通山小学校・宮崎東小学校・生目小学校の校長を勤めた。
 子どもたちとともに暮らす生活のなかから『かっぱ小僧』(理論社、昭和三五年)を初めとした童話の創作も積極的に手がけるようになり、昭和五二年には石森延男児童文学奨励賞を受賞した。また、民話研究に対しては、宮崎日日新聞文化賞(昭和四六年)・宮崎県文化賞芸術部門(昭和五二年)・勲五等雙光旭日章(昭和五九年)を受賞した。(渡辺一弘)

【著書文献】

・大津貞子「地域発信」『宮崎日日新聞』平成一〇年八月二九日
・「「宮崎のむかし話」本に」『宮崎日日新聞』平成一〇年八月一五日?
・『とおくの山ー宮崎県児童詩集ー』比江島重孝編集発行、昭和三一年
・『日向の民話 第一集(日本の民話一四)』未来社、昭和三三年十一月、
・「日向の民話」『民話一三』昭和三四年十月
・『半ぴのげな話ー日向の昔話ー 日本の昔話一〇』未来社、昭和三四年十一月、
・『かっぱ小僧(創作少年文学シリーズ)』理論社、昭和三五年
・『日向の民話 第二集(日本の民話四三)』未来社、昭和四二年十二月、
  『日本の民話二三 日向篇第一集・第二集』(未来社、ほるぷ販売)として発行される。
・『これはどっこい(民話の絵本二)』絵・小林和子、さ・え・ら書房、昭和四六年四月、
・『荒野の少年』現代出版社、昭和四六年
・『神さまと土ぐも(日本史の目二)』さ・え・ら書房、昭和四七年二月、
・『塩吹き臼ー宮崎の昔話ー』桜楓社、昭和四八年五月、
  比江島重孝編とあるが、話者と共同の作業ということを意味している。監修が臼田甚五郎である。
・『子ども日本風土記四五 宮崎』日本作文の会宮崎県編集委員会編、昭和四八年七月、
  比江島重孝氏は協力者。
・『タンカ タンカ タンタンーみなし子の父・石井十次(日本史の目二一)』さ・え・ら書房、昭和四九年四月
・宮崎県民話研究会編『宮崎のむかし話』日本標準、昭和五〇年
  編集委員長であった。
・宮崎県民話研究会編『宮崎の伝説』日本標準、昭和五二年
  編集委員長であった。
・『赤い信女ー奉公ガラスの生涯』私家版、昭和五二年
・『えほん風土記 四五 みやざきけん』えほん風土記宮崎県刊行会編、岩崎書店、昭和五四年二月、
  画家坂本正直、執筆者・比江島重孝・安藤徳英・仁田脇達夫
・『宮崎の伝説 (日本の伝説三一)』角川書店、昭和五四年
  竹崎有斐氏との共著。
・『ぼくらの宮崎県ー郷土の地理と歴史ー(ポプラ社の県別シリーズ二一)』昭和五四年
・「再話と再話論」『民話と文学 八』昭和五五年
・『宮崎県の民話 (県別ふるさとの民話二三)』偕成社、昭和五六年
・『ふるさと民話考(鉱脈叢書一一)』鉱脈社、昭和五六年
・『網掛観音(宮崎県版青空文庫五年)』文・比江島重孝、絵・吉田賢一郎、宮崎県小学校研究会編、日本標準、年不明、
・『琴塚(宮崎県版青空文庫五年)』文・比江島重孝、絵・吉田賢一郎、宮崎県小学校研究会編、日本標準、年不明、
・『イノくんのいる分校(山の分校シリーズ一)』絵・大古剋己、太平出版社、昭和五四年五月、
・『サンショウウオ探検隊(山の分校シリーズ二)』絵・山野辺進、太平出版社、昭和五四年十月、
・『父ちゃんからきたはがき(山の分校シリーズ三)』絵・出口まさあき、太平出版社、昭和五五年九月、
・『てんぐさんござるか(山の分校シリーズ四)』絵・かみやしん、太平出版社、昭和五六年三月、
・『カラス先生のじゅぎょう(山の分校シリーズ五)』絵・むかいながまさ、太平出版社、昭和五七年一月、
・『さようならのおくりもの(山の分校シリーズ六)』絵・まえだけん、太平出版社、昭和五七年四月、
・『新編 日本の民話四三』未来社、昭和六〇年、

【経歴】

・大正十三年十月二十六日 新富町大字下富田三三二九番地、横江生まれ。
・昭和十七年三月     大邱師範学校尋常科卒業(現韓国)
・昭和十七年四月     朝鮮慶尚北道青松郡区川公立国民学校訓導、
・昭和二二年二月     内地引き揚げ佐世保上陸、
・昭和二二年四月     川南町立川南小学校教諭、
・昭和二四年四月     児湯郡第一妻小学校教諭、
・昭和二九年四月     宮崎市立宮崎小学校教諭、
・昭和三六年四月     県教育委員会事務局指導主事、南那珂教育事務所勤務
・昭和四一年四月     西都市立茶臼原小学校教頭、
・昭和四三年四月     西都市立穂北小学校教頭、
・昭和四六年四月     五ヶ瀬町立桑野内小学校校長、
・昭和四六年十月二三日  宮崎日日新聞文化賞受賞。
・昭和四九年四月     新富町立上新田小学校校長、
・昭和五二年四月     川南町立通山小学校校長、
・昭和五二年十一月三日  宮崎県文化賞芸術部門
・昭和五二年       第一回石森延男児童文学奨励賞受賞、
・昭和五四年四月     宮崎市立東小学校校長、
・昭和五六年四月     宮崎市立生目小学校校長、
・昭和五九年一月三一日  ガンのため死去。享年五九歳。
・昭和五九年十一月三日  勲五等雙光旭日章、