盆の日々

※『宮崎県史 資料編 民俗2』(平成4年3月)小野重朗執筆分より。引用の際には原本をご確認下さい。

十三日

盆は旧暦の七月(今は多くは新暦八月)の十三日に始まる。この日のことを草切り盆というのは盆三日の牛馬の草を十三日の朝の内に刈りためておくからである。十四日、十五日に草を刈ると田畑を見て回るお精霊様の足を刈るという。十三日夜にお精霊様が来られるので前夜に門口に迎え火をたく。地方によっては長いもの短いものの竹竿の上に松火を結んで立てる。家人たちが墓地に迎えに行き、ここでも迎え火をたく例もある。精霊は夜半に来るといい、縁に足を洗う水を用意し、戸、障子を少し開けて待つ。茶を新しく入れて訪れた精霊に供える。

十四日
家内の精霊棚には朝、昼、晩に四品ずつの御膳を作って供える。ソーメン、茄子、胡瓜、里芋などの新しい野菜が中心になる。白飯にはソーハギの箸を立てておく。庭の精霊棚には水と水の子を供える。水の子は茄子、南瓜、芋殻などを刻んで米粒、粟粒となどを混ぜたもので、これを一握り置き、その上から茶碗の水をソーハギの茎につけてふりかける。墓地にも参り、一基ずつに水の子と水を供える。ボンヂボンジというのは盆礼で先祖元、親元をはじめ親戚を訪れ、ソーメン、手拭などの品を贈り、精霊様を拝んで回る。例えば諸塚村七ツ山の本村などでは三十戸の集落全戸の精霊棚を各家の全員(子供も)が拝んで回るといった習慣ところもある。

十五夜
この日も三度の食善を供える。新大豆を用いて作ったコヅツドフ(小搗き豆腐、ひき割った大豆を固めて火であぶったものを煮る)なども供え、いろいろの盆団子も供える。十五日夜の夜遅く精霊様は帰られるので、その前に送イ団子という小さい白団子とソーメン(地方により里芋殻の煮物)を供える。これは帰りのお土産で、精霊のお供をするフケジョロ(外精霊か、無縁の精霊、ガキドンともいう)がソーメンや芋殻を負い縄にして団子を負って帰るのだという。この夜は遅く、送り火を門口、それから道の角々、そして墓地に焚く。

十六日
精霊送りは十五日の夜半にする所と十六日の朝方や夕方にする所といろいろある。送り方は盆に供えた食物や果物や箸や花などをコモに巻いて川に運んで流す。例えばり北浦三川内ではお精霊様を送るのは十六日の午前一時頃で、四本の竹笹を並べ、その上にいろいろの流すものを乗せて結び、それをもって松明をともして送っていき、川に流すとき松明をその上に立てて送る。これなど笹の筏であろう。海辺の市街地には精霊船をムギワラ作り、提灯をともす地方も多く、これはだんだん華やかな行事となったようである。また十六日には少々の魚を食べたり、魚釣りに行ったりして精霊落しをする習慣もある。これをしないとガキドンが身について病気になるという。十六日は地獄の釜の蓋の明く日だと一般に言う。

二十二日
お精霊様があの世に帰りつく日だといい、オテツキダゴという団子を作って食べたりする。この日までは送り火をたく家もある。地方によっては二十日だといったり、二十一日だといったりするがねこれを裏盆ということは一致している。この後、二十三日には日南市油津あたりでは地蔵盆にあたる地蔵祭りをしている。

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